お侍様 小劇場

   “涼しいお顔?” (お侍 番外編 129)


ここ何年かほど、続けざまに“猛暑”が続いている日本の夏だが、
この夏は特に
“百年に一度”と言われるくらいの凄まじい酷暑なのだそうで。

 「この夏という以前に、
  六月中から既に
  “猛暑日”がやって来ていたくらいですものねぇ。」

あまりに暑い中だと思いも拠らない事態も起きる。
あまりに急激な気温の上昇から、夕立ちの原因となる積乱雲も生まれやすいのは、
まま そういう仕組みというか理屈なのだから仕方がないとしても、
その雨の規模が半端じゃあないがため、
ゲリラ豪雨と呼ばれたり、雷雲も必ず生じての落雷被害が頻発したりし、
どこの亜熱帯ですかという警戒が、日常的に要りようになっているし。
健康面に於いても、勿論の熱中症も心配だけれど、
暑いからと冷たいものを掻き込むように慌てて食べたり、
あまりに低温設定の冷房をキンキンにかけると、
却って体がじんわりと熱くなって来て、逆効果になりかねぬ。
急な温度差に体機能が驚き、
ややや、此処は寒いぞ 体温を上げなければというスイッチが入るからだそうで、
エアコンを低温設定にしたがる、特に せっかちなお人は、
自分で自分の身を脅かしているかも知れないのでご用心。

 「…という世情だというに、
  高校野球の予選も順当に行われているし、
  小中の色々なスポーツの全国大会も、高校総体も、
  例年通りの日程で行われるようですよね。」

言わずもがな、
授業のない長い長い夏休みを
トーナメントの日程消化に使いやすいからなのだろうけれど。
いくら体力や回復力が半端じゃあない、底なしに元気なお子たちだとはいえ、
この暑さが例年のそれではないと判っているのに、
なんでそこへは考慮しないのかなぁと、

 「酷いなぁなんて思ってしまうのは、単なる過保護なんでしょか。」
 「七郎次、冷蔵庫に当たっても解決はせんぞ。」

はぁあと遣る瀬ない吐息をつきつつ、
金髪碧眼の美丈夫が、凭れかかるよにそのきれいな両の手を突いたのが冷蔵庫。
白皙の美青年が、何が楽しゅうて…本来の愛しいお人を差し置き、
家電相手に枝垂れているかといえば。

 「誰が枝垂れてますかっ。///////」

 そっちへ赤くなるか、七郎次。
 今更、勘兵衛様との間柄を揶揄されたくらいじゃあ怯みませんとも…という、
 それもまた赤面ものの 以心伝心が、目顔で交わされてるのもさておいて。
 (面倒臭い人たちだよな・笑)

何でそういう構図になっているのかと言えば、
次男坊の“夏の予定一覧”というプリントが
扉へマグネットで留めてあったから。
予定と言っても、
相変わらず…せっかくの夏休みでさえ、
アルバイトもしなければ旅行や遠出もしない子で。
詰まるところ、
彼が所属している剣道部の夏の活動予定がそのまま、
あの寡黙な高校生剣豪の夏の予定でもあるのだが。
高校総体の都代表に選ばれてしまったため、
この暑い中、まずはの合宿に出掛けておいで。
今年は北部九州での開催で、剣道部門が行われるのは、
佐賀市の県立総合体育館にて八月七日から九日までという日程。
そう、実質というか本番は まだ半月ほど先の話であるのだが、
その前に調整と選手同士の顔合わせを兼ねた合宿が設けられ、
東京都の武道部門代表が多数集まり、
奮闘するぞとの決意表明をしつつ、
他部門のお仲間たちとの交流が持たれるそうで。

 「久蔵殿が ああも真剣に打ち込んでおいでの剣の道ですもの、
  お邪魔をしちゃあいけないのは重々判っておりますし、
  それはお強いお人だから、
  酷暑も何するものぞで涼しいお顔でいなさるのでしょうが。」

ふうと切なげな吐息をつくと、
何とか冷蔵庫との見つめ合いは辞めて、
今日は代休で昼間っから在宅しておりましたという、
家長の勘兵衛の方へと向き直った七郎次。

 「…様子見に行くのもいけませんか?」
 「あのな…。」

自分でも言ったように、
もう高校生の、
しかも代表選手として都大会を勝ち上がった強わものを相手に、
一体どういう心配しているものかということから。
呆れ半分のダメが出るのは薄々承知、
それでも…という おねだりなためだろう、
やや俯きがちの上目遣いにて訊く彼だったのへ。
この年頃の しかも男性がこれをやらかすと、ネタ以外の何物でもないはずが、

 「…その顔は辞めなさい、七郎次。」

にべなく“いかん”と断ずるべきところが揺らぐだろうがと、
倭の鬼神様さえ大きく動揺してしまうから恐ろしい。
相思相愛という関係の彼らだからと片付けてはいけません。
話題に上っていた久蔵殿はもとより、
明日の島田一族を担う十代のよい子たちが
こぞって“シチ兄様”の膝下に下るだろうと、
秘かに恐れられてもいる“奥の手”だと言われてもいて……。

  まま、この暑いのにクドクドした冗談はさておいて。(苦笑)

もう小さい子供じゃあないのだから、
宿泊学習や合宿に遠出したのが心配だと いちいち親が見に行っては笑止の極み。
それに、

 「お主からして、この猛暑の中を出掛けるのは問題が多々あろうが。」
 「うう…。」

それほど北方の生まれや育ちではないし、
十代からこっち、きっちりと武道を修めて体も鍛えているというに、
どういう加減なものか暑さにめっきりと弱い彼であり。
しかもそれを指摘する人がまた、途轍もなく丈夫な御仁ゆえ、
どんな反駁を試みたところで、一笑に付されるのが関の山に違いない。
事実、刳り貫きの戸口の片側に、
腕を組んだまま軽く凭れるようになって立っておいでの、
雄々しき御主が案じているのも、どちらかといやそっちなのであり。

 「お主が倒れてしまっては、久蔵も活躍どころではなくなろう。」
 「……はい。」

それを言われちゃあ返す言葉もない七郎次、
はうぅと残念そうに肩を落としてしまう。
そういや昔から、どんなにしゃにむに鍛えていても、
どこかしら脆弱そうな…という扱われよう、
出掛ける際などには必ずお傍衆が誰かついたし、
元気がないようだと すぐにも案じられたりすることが多かったような気もしたが。

 “あれも、勘兵衛様のお気遣いだったのだな。”

元気すぎるから却ってさじ加減が判らないのだろうか。
自分は七郎次へそんな過保護をしておきながら、
七郎次には許さないなんてちょっと傲慢すぎやせぬかと、
彼には珍しくもそんな憤懣、ちらりと思わぬでもなかったけれど、

 “…現に丈夫じゃあないんだもん、そこはしょうがないのかな。”

理が適っていることなだけにと、
それ以上はむっかりも育たない辺りはさすがに冷静でもあって。

 “寒さには強いんだけどもな。”

それへもそりゃあ案じてくださる勘兵衛様なのが困るんだよねと、
立ちん坊を続けているの、まだ駄々をこねていると思っておいでか、
戸口に立ったままこちらを見やる御主を伺えば、

 「………。」

この暑苦しいのに
豊かでくせっ毛というむさ苦しい長髪を
物ともしないで背中へ垂らしておいでの勘兵衛が、

 “…うらやましいなぁ。//////”

この季節ほど、それを羨まぬことはない七郎次であるのも毎度のこと。
いやいや、同じような髪形を楽しみたいというんじゃなくて。(苦笑)
楊柳織りの涼しげなシャツや濃色の麻のパンツもお似合いの、
しっかとした肩に強かに引き締まった腰…といった、何とも精悍な肢体を駆使し、
壮年という結構な年頃であるにもかかわらず、
いまだ現役で荒ごとにたずさわっておいでの勘兵衛なのであり。
しかもその現場たるや、
深夜のインテリジェントビルなんてのは まだ電動機器が使えるからマシな方で、
砂漠の真ん中にぽつりと落とされた奇跡の滴のようなオアシスや、
荒野を横断する列車の車中までと、
実に多彩で不便な、アグレッシヴこの上ない処へ、
しかも単身で赴くケースの多いこと…という詳細までは、
後方支援担当ですらない七郎次には、
さすがに具体的には知らされない筈なのだが。
双璧クラスの腹心二人が、気を利かせてさりげなく伝えてくれるため、

 “元気なのも善し悪しだなぁ。”

部下や臣下の“身を粉にして”という働きを、
ただ高みから管理しておればいい…というよな組織でも惣領でもないのだから、
仕方がないといや仕方がないとはいえ。
この自分もまた、この身を呈してでも守りたいお人だというに、
一族中 最も頑丈な肢体と技巧と、
最強強靭な意志を合わせ持つ存在なのだから…始末に負えぬ。

 「ほれ、いつまでも拗ねておるでない。」

ついさっき、当の久蔵から“朝練終えた”という写メつきのメールが届いただけで、
あああ 3日振りのお顔だ、お久し振りですねぇと
身もだえしてしまっての、この一連の愚図りようだったおっ母様。

 “今からこれでは、久蔵に恋人でも出来たらどんな騒ぎになるのやら。”

とんだ“子離れ出来ない困った母親”扱いで、
やれやれと肩をすくめる勘兵衛だったが、

 『いやいや勘兵衛様、その仮定には えろう無理がありますよって。』
 『ほんまや。恋人やて、そない無茶言うたらあきまへん。』

此処に良親さんや征樹さんという双璧がいたなら、
揃ってその推測へ“ダメ出し”をしているところかも。
果たして、本当に判っていない勘兵衛様なのか、
それとも希望的観測から ついつい一般論が出てしまった惣領様だったのか。
どっちにしても、島田一族の未来は
このままだと……ちょっと面白いことになりそうです。(こら)

 「ほれ、早よう落ち着いてくれぬか。」

途中だったお茶を淹れてほしいのだがなと、
あごへと蓄えたお髭も雄々しい、味のある苦笑をなさる御主様なのへ、

 「あ、えと…はい。////////」

不意打ちで飛び込んで来たメールにちょいと舞い上がったものの、
いけないいけない、そういえば。
勘兵衛様がお休みで1日一緒にいて下さる、特別な日でもあったのだと。
色々と思い出しつつ…ぽわんと頬を赤くした七郎次だったのはどうしてか。
そして、そんなタイミングを見澄ましたように届いたメールだったことも含めて、

 “久蔵めが…。”

小癪な真似をという、複雑そうな意味合いからの苦笑もこそりと浮かぶ、
勘兵衛様だったそうでございます。




       ◇◇◇



都内では猛暑になると言われたものがそれほどでもなかったり、
そうかと思や、ゲリラ豪雨が襲い来て、
冠水するほど降りまくっての
大荒れに荒れてたりするお日和続きだそうだけれど。

 「ほんの少し離れただけで、そんな気配は欠片も届かないねぇ。」
 「ああ。」

陽盛りや昼下がりの蒸し暑さは大変だが、
対処方が判っておれば何とでもなるというもの。
トレーニングは涼しいうちだけとし、
最も暑い時間帯は休養をとるようにと、
風通しのいい室内での自由時間と設定した今回の合宿では、
幸いなことに熱中症で倒れる生徒はまだ出ておらず。
よしよし、さすがは我らが代表、
このまま今年も上位独占いただくぞと。
先生がたや大人の皆様は満足気、なかなかに意気軒昂だが、

 「…。」

選手側にしてみれば、
有力選手の一人がやや大人しげなのが、こそりと気がかられておいで。
……そんな日本語はないですか? すいません。(こらこら)

 「………。」

スズカケの木洩れ陽が揺れる下、
風を通すためにと扉を開け放った道場の、
戸口近くという明るみの中にて。
軽く眸を伏せ、瞑想中という構えで佇むのがその彼であり。
中学までは木曽の無名の学校に通っていたことしか知られておらず、
高校生になってから、いきなりその実力が全国へ知られ渡った逸物で。

 有名校も多く、有名道場出身者も多いという土地柄ゆえの、
 実力伯仲状態だった都大会。
 一年生という身で登場した春大会にて、
 あっと言う間のごぼう抜きで個人戦の優勝を掻っ攫った伝説は
 今でも関係者の間で熱く語られているそうだけれども

 「……。」

早く逢いたいならいっそ予選敗退すればいい。
だがだが、決勝戦を見に来ると言っていたし、
そこはやはり頂点を極めた勇姿をこそ見てもらいたいという、
この彼にはそれ唯一じゃあないかという功名心も疼くらしくて。
いかにもなジレンマにう〜んと唸ってしまうのが、島田さんチの久蔵くん。

 「うわぁ、カッコいいなあ。島田くん。」
 「クールだもんねぇ。」

金髪に色白、さほど屈強という印象もなく、
無駄なく絞り上げられた痩躯は、むしろ文系といって通じそうな瀟洒な印象。
磨き上げられた板張りに、
道着姿のままという凛々しい影を映し込んでの無言の行は、
参加している女子選手らからも注目の的だが、

 “う〜ん、やっぱり似てるんだよなぁ。”

こちら、やはり剣道部門、個人戦代表、
某女学園から出場予定選手としてエントリされている、
鬼百合、もとえ白百合さんとしては。
他のお嬢さんたちみたいに黄色い声を上げるより、
お友達の三木さんと 何でああも似ているものかと、
そこが知りたくてしょうがなかったりするそうです。





     〜Fine〜  13.07.26.


  *都代表の合宿ということは、
   柔道部門には例の腕白さんが参加しておいでで、
   やっぱり、
   キュウゾウにそっくしだvvと懐かれるのは必至かと思われます。
(笑)

   ……と、
   相変わらず 何とも不毛なシチュエーション落ちですが。
(こらこら)
   基本、同じキャラであるにもかかわらず、(……)
   久蔵殿からは白百合さんをシチさんと見間違えることはないと思います。
   似ているとも思わないかもですね。
   今時は髪が多少黄色くてもそれほど珍しくないし…とばかり、
   共通点すら数えようとしないかもです。
   一方の七郎次お嬢様からすれば、
   やっぱり見間違えはしませんが、
   おやおや?お友達の紅ばらさんと似てる〜とは思うんじゃなかろうか。
   感受性の違いというか、
   久蔵さんからすりゃあ、愛するシチさんと 憎っくき島田以外は、
   どれが誰というの、似たり寄ったりな風貌なのかも知れません。
   髪形どころか男女の別もないらしく、大雑把にもほどがあります。
   筋肉で見分けている誰かさんと どっちが罪がないのかなぁ。

   「あれですね、お母さんお手製のキンピラは間違えないという。」
   「それって前にも使ったぞ。」

   あれ? このシリーズで使ったんだっけ?
(苦笑)

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